2012年4月11日水曜日

SEIN WEB 【NZカンタベリー地震と建築物の被害について / 齊藤 賢二】


第1回 NZの地震環境とカンタベリー地震の概要

はじめに

 今年の6月から7月にかけて全国各地で開催されたSEINセミナーで、NZカンタベリー地震における主に建築物を中心とした被害状況の概要をお話させていただく機会を得ました。今回、再度のご依頼によりSEIN WEBのブログ上でもこのセミナーでの講演内容の一部を紹介させていただく機会を得ました。第1回は「NZの地震環境とカンタベリー地震の概要」、第2回は「NZの免震構造物の紹介」、第3回と第4回は「クライストチャーチ地震による構造物の被害」と題してお話させていただきます。1999年、2003年の2度にわたりNZを訪問した際に著者自身が撮影した写真など多用し、なるべく肩の凝らないブログとなるよう心掛けるつもりですので、どうぞ最後までお付き合いをお願い致します。

ニュージーランドの概要


正式な挨拶は何ですか?

 ニュージーランドの面積は、約27万km2で、日本の面積の約7割です。ちょうど日本の面積から九州を除いたぐらいの面積になります。総人口は約427万人で、静岡県の人口よりもやや多いぐらいの人しか住んでいません。人口密度は日本が339人/km2に対して約16人/km2で、国土に対する人口密度の低さがわかると思います。ニュージーランドは、北島と南島の2つの主要な島と多くの小さな島々で構成されています。北島(ノースアイランド)には、首都ウェリントンがあり、政府機関が集中しています。また、同国最大の都市であるオークランドは、商業および経済の中心地となっています。近くの観光名所として、温泉地として有名なロトルア、タウポ、ワイトモ鍾乳洞の土蛍などが有名です。北島は、南島� ��ど険しい山脈はありませんが、火山活動が活発です。南島(サウスアイランド)は、最も陸地面積の大きな島で、中心都市は今回の地震で甚大な被害を受けたクライストチャーチです。島の中央には「南半球のアルプス山脈」と呼ばれる南アルプス山脈がそびえています。最高峰は、3,754mのマウントクック(マオリ語ではアオラキ、「雲を貫く」という意味)で、その他に3,000m以上の峯が18もあります。他にもタスマン氷河をはじめとする多くの氷河、氷河の浸食によりできたミルフォード・サウンド(マオリ語ではピオピオタヒ、「一羽のツグミ」という意味)のような豊かな自然も有名です。クイーンズタウンは世界的に有名な観光・保養地で、温泉地も各地に点在します。

 このように、ニュージーランドは日本と同じように豊かな自然環境に恵まれ、食べ物もラムやビーフだけでなく鮑や伊勢エビそれに牡蠣といった食材も豊富なところで、日本人にとても人気のある観光地となっています。

ニュージーランドの地震環境と耐震工学の発展


なぜcalは彼女の本当の誕生日を知りませんでした?

 ニュージーランドは、日本と同じように直下でプレートが沈み込んでいるため、比較的高い頻度で地震が発生しています。地震のタイプも日本と同じように大きくはプレート境界型と内陸活断層タイプの2つのタイプに分類されます。特に北島の南端にある首都ウエリントンは、まさに活断層上にあります。このような状況下で、耐震基準も充実し、国の重要施設が集中している同市およびその周辺地域には免震建物など特に耐震性能に配慮した施設が数多くあります。

 ニュージーランドの耐震工学の発展に貢献した人物としてまず挙げなければならないのは、建築構造を本気で勉強した人なら聞いたことがない人はいないであろうロバート・パークとトーマス・ポーレイの両博士です。大学院の授業で彼らが著した『Reinforced Concrete Design』を業務上の必要に迫られて購入した際に名前を聞いてすぐにそれとわかったことを覚えています。コンクリートの、曲げにおける圧縮域のストレスブロックファクターに関する研究は(e関数で置いたりする方法)、アメリカでも高い評価を得ています。またほかの書で『Reinforced Concrete Structure』も名著ですが、いまは入手するのが難しいようです。かわりにトーマス・ポーレイと彼の弟子であったナイジェル・プレストリー(彼は、カリフォルニア・バークレーで何年か教壇を取っていたようです)が著した同タイトルの本があり、これは前者に内容が似ているので興味のある人には一読をお勧めします。私も、2003年の環太平洋地震工学会議の会場で両博士とお会いできる幸運を得ました。その時の両先生に対する私の印象は、ポーレイ先生は非常に穏和で親しみやすい人柄、パーク先生はどことなく迫力があり、いかにも業界を仕切っているボスといった感じでした。誠に残念ながら、パーク先生は2004年ジョギング中に(このジョギングもパーク先生の体調を気遣ってポーレイ先生が誘ったものだとか?)心臓発作で、� �たポーレイ先生は2009年にそれぞれ他界されました。両先生の他界後、お二人の偉大な功績を讃えるべく愛弟子であるデビッド・ホプキンスとナイジェル・プレストリーによりカンタベリー大学内に『Park and Paulay Fund』が創設されています。


あなたは、インドの健康状態について、どう思いますか

 ニュージーランドでは、土木工学(建築構造はありません、みんなCivil Engineeringです)を本格的に専攻できる大学はカンタベリーしかありません。したがって、構造技術者の皆さんのほとんどが同大学出身です。パークとポーレイの本を日本で勉強したなどとNZで話をすると、現地の学生や技術者の反応はすこぶる良好で、彼らをいかに誇りに思っているかがわかります。また、NZでお会いする若い構造設計者に私は日本人だというと、しばしば「ミスター・タナカジン」という日本人を知っているかと聞かれます。これは、カンタベリーでPhd.を取得された日本の「田中 仁史」先生の名前とすぐにわかりました。先生は、大学でも授業をやっていらっしゃいました。田中先生は、今は帰国され京都大学の教授となっていらっしゃいます。著者も構造評定委員会で何度かお世話頂いたことがありますが、とても気 さくでユーモアのあるお人柄です。

免震構造におけるニュージーランドの功績

 1995年1月の阪神・淡路大震災以降、日本でも免震構造が急速に一般の建物にも普及するようになりました。免震構造のルーツについては、諸説ありますが、免震技術を理論的・技術的に確立したのはニュージーランドであると言えます。ニュージーランドでは、1981年に最初の免震建物として、大規模な公共施設が建設されました。しかもそこでは、開発されたばかりの鉛プラグ入り積層ゴム支承が、当初の設計を変更してまで用いられるなど、国として積極的に免震構造に取り組んでいます。その結果が日本にも技術移転され、現在、主流になっている免震構造方式については、ニュージーランドの技術開発が大きな役割を果たしているといえます。


 免震構造は、当初、国立科学産業局のスキナー博士を中心に研究が進められ、その後ロビンソン博士とバックル博士がこれを引き継いでいます。免震構造におけるニュージーランドの功績は、フランスで最初に用いられた積層ゴム支承の芯部に鉛プラグを挿入し、ダンパーを兼用させたことと(この支承を「鉛プラグ入り積層ゴム支承」(LRB:Lead Rubber Bearing)という)、各種のダンパーを考案したことだといえます。これらの支承やダンパーでは、鉄等金属の塑性エネルギー吸収特性や鉛の再結晶性などを巧みに利用しています。一方、免震構造の実施面では、公共事業開発省が、大きな貢献をしています。これは、日本の建設省と通産省とを合わせたような官庁であったが、現在ではそのかなりの部分が民営化され、Worksという一企業になっています。このWorks社の指導により、ニュージーランドでは、現在、50以上の橋と10棟以上の建物が免震支承によって支えられています。



 スキナー博士の研究を引き継いだもう一人が、前述したバックル博士です。著者も、1999年最初にNZを訪問した際に教授にお目にかかる機会を得ました。当時先生は、オークランド大学の副学長という要職に就いておられ大変ご多忙な様子でしたが、我々の訪問を快く歓迎していただき、自ら研究施設やご自身の研究内容について説明してくださいました。先生のご専門は主に橋梁の耐震構造で、鉛入り積層ゴム支承そのもののご研究もされていましたが、鉛入り積層ゴム支承を用いた橋梁の免震化の研究にも熱心に取り組んでいらっしゃいました。著者が訪問した時には、ちょうど古い桟橋の上に建っている大規模な施設の建て替えプロジェクトに取り組んでいました。このプロジェクトでは、既設のピアをそのまま活かして、 その上に大規模な建物を建てる計画でした。こうすることにより既設のピアが、いわゆるソフトファーストストーリーとなり上部建築物の地震力を低減できるというものです。もちろんピアだけでは減衰が取れないので、新たに水平方向への変位を拘束したピアを設けて、このピアと上部構造の間にダンパーを入れて減衰をとる計画となっていました。どこまで詳細な検討がなされているのかはわかりませんが、とても大胆なアイディアにはただただ感心するばかりでした。2003年の2回目のNZ訪問の際には、この計画建物は見事に竣工していました。バックル博士は、その後ネバダ州立大学リノ校へ移られ、いまも橋梁の耐震構造を中心に研究や学生の教育にご活躍されています。

おわりに

 今回はニュージーランド全体の概要と地震環境、ならびに耐震工学の発展に貢献された先生方の紹介をさせていただきました。ニュージーランドは、経済的にはけっして豊かな国とは言えませんが、今回紹介したように免震構造など先端的な耐震技術がいち早く導入・発展してきました。これは、地震災害を軽減したいという研究者や技術者の熱意もさることながら、彼らの活動を強力にサポートした政府の功績も大きいといえます。この点は、日本も大いに見習うべきものがあるのではないでしょうか。



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